こんにちは。
藤井風さんの「満ちてゆく」は、映画『四月になれば彼女は』の主題歌として話題になった楽曲です。やさしく静かなのに、気づくと胸の奥に深く入り込んでくるような不思議な力があって、映画を観たあとにも余韻とともに残る一曲ですよね。
原作『四月になれば彼女は』(川村元気 著)は、愛することや別れていくこと、そして心が満ちていくとはどういうことなのかを考えさせてくれる物語でした。映画でも、ウユニやプラハ、アイスランド、日本の風景が印象的に使われていて、映像の美しさと感情の揺れが重なるような作品になっていたと思います。
今回は、そんな映画『四月になれば彼女は』の主題歌「満ちてゆく」について、原作やMVの印象とも重ねながら、歌詞に込められた意味をやさしく見ていきたいと思います。
「四月になれば彼女は」のキャスト
・藤代俊役:(佐藤健)・・・都内の大学病院に勤める精神科医。突然失踪した婚約者・弥生の姿を探し求めます。
・坂本弥生役(長澤まさみ)・・・動物園に勤める獣医。愛しあっていたはずの藤代を残し、姿を消してしまいます。
・伊予田春役( 森七菜)・・・藤代の初恋の相手。出逢ってから数年後写真を撮りながら世界中を旅し、藤代(フジ)に手紙を送ってきます。
・タスク役(仲野太賀)・・・藤代が通うバーの店長。親友であり、恋愛に悩みを抱えています。
・ペンタックス役:(中島歩)・・・大学時代の写真仲間。写真部部長を務めています。
・坂本純役:(河合優実)・・・弥生の妹。姉の恋人・藤代と危うい関係になりかけたことがあるが、姉・弥生の個性的な恋愛感情を理解している存在。
・小泉奈々役:(ともさかりえ)・・・主人公・藤代の勤める大学病院の同僚であり、医師として働きながら、愛情あふれるシングルマザーとして子育てにも奔走する人物です。
・伊予田衛役:(竹野内豊)・・・春(ハル)の父親。
あらすじを教えて
主人公の精神科医・藤代俊は、結婚を控えた中で、かつての恋人・伊予田春から突然手紙を受け取ります。手紙は「天空の鏡」と呼ばれるウユニ塩湖から送られ、10年前の初恋の記憶が綴られていました。
その後も世界各地から春の手紙が届きますが、同時に藤代は婚約者の坂本弥生が突然姿を消すという謎に直面します。
映画は現在と過去、日本と海外が交錯しながら、愛する人を探し求める藤代の旅を描いています。監督は山田智和さん、主演は佐藤健さん、長澤まさみさん、森七菜さんが務めています。
監督・山田智和さんとは?
山田智和監督の作品は数え切れないほどありますが、
ミュージックビデオの中の代表作は、米津玄師さんの「Lemon」「Flamingo」「Lady」などやあいみょんの「マリーゴールド」「今夜このまま」「桜が降る夜は」「愛の花」などが有名です。
ドラマでは「トーキョー・ミッドナイト・ラン」(2016年)(二階堂ふみ主演)や「青と僕」(2018年)などありますよ。
「満ちてゆく」の歌詞から思うこと
①「満ちてゆく」は、藤井風さんによる配信限定シングルです。この曲は、映画『四月になれば彼女は』の主題歌として制作され、2024年3月15日にリリースされました。曲調は、感情豊かなバラードスタイルで、歌詞には始まりと終わり、愛の本質についての深い洞察が込められていま。 また、彼が映画を観た後に書き上げたとされ、愛と人生の移り変わりを表現しています。
②歌詞には、時間の経過と共に変化する感情や状況が描かれており、終わりが来ることを受け入れつつも、新たな始まりや希望に向けて心が満たされていく様子が歌われています。この曲は、藤井風さんの15作目のシングルとして、彼の音楽キャリアにおいても重要な位置を占めています。
※ここから歌詞の意味を見ていきますね。「その意味ちょっと違うかも」と思われるところがあるかもしれませんが、「そんな考えもあるのかな」と思っていただけると嬉しいです。
※考察するときに歌詞そのものは記載していませんが、歌詞から受け取った印象やイメージを、自分の言葉で表現しています。

原作と歌詞を比較してみる
“いつも自分を外に連れ出してくれていたのはハルだった”(藤代の回想)「四月になれば彼女は」原作より
この恋が永遠に続くと信じて疑わなかった日々。
原作では、藤代(フジ)の父親は、あまり誰かと心を通わせようとすることがなかったと思い出すところがあったのですが、もしかしたらフジも似たところがあったのかなと思いました。
フジは、ストレートに愛を伝えてくるようなハルの存在に助けられていたんだと、過去形として振り返っていました。
このシーンは、「満ちてゆく」の歌詞の中にも”終わりを感じるようなフレーズ”があったので、どちらも二人の結末を物語っているようなフレーズだと感じました。
「満ちてゆく」MV冒頭のシーン
藤井風さんのMVでは、どう描かれているの?
藤井風さんが演じるMVでは、ただ単なるラブソングではなく、愛には様々な形があることを教えてくれているようでした。
私では到底、解説できないようなとても深い内容でしたので、歌詞を読み解くのは難しいのですが、自分なりに考察してみますね。
MVの冒頭のワンシーンですが、風さん自身の英語のナレーションが入ります。

冒頭のシーンでは、白髪の紳士が自分の過ごしてきた日々を回想しているような印象を受けました。
泳いでるシーンやタクシーに乗って移動するような場面やピアノを弾いているシーンが走馬灯のように頭の中を巡っていきます。
目くるめく日々に
”一日中忙しく走り回っていることを表すようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、
もしかしたら取引先のところを回って仕事が忙しかった日々経験したことなど、時間が積み重なっていく様子が目に浮かんできます。
”いつか終わりの時が訪れることを表すようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、
たとえどんなに忙しく充実した日々だったとしても必ず終わりが来ることは誰一人として避けることはできないって言われてる気がしました。
また、”かつての輝きや胸の高鳴りも、少しずつ過去の中へと置いていくような”フレーズ(「満ちてゆく」参照)からは、自分が満たされていた頃の輝きや、誰かに抱いた淡い恋心までも、静かに記憶の片隅へしまっているような感覚が伝わってきますね。
納得させるようなフレーズ~原作からの考察
原作からこの歌詞の意味を考えてみると・・・
”自分自身を納得させるようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)が歌われていました。
これは過去には色々とあったけれど、自分が選んできた道が正しかったんだとまるで自分に言い聞かせているように感じました。
例えば、原作で藤代(フジ)がハルと別れたこと。そんなに燃えるような恋心はないけど、弥生(フジの婚約者)とこれから結婚するもの正しい選択だと思っていいるところが歌詞とリンクするのではと思いました。
原作「四月になれば彼女は」の中に、次のような一文がありました。
「弥生の気持ちの前に、自分のことがわからない」(フジの感情)
引用元:原作「四月になれば彼女は」(川村元気 著)より
自分の気持ちが分からないからこそ、成り行きに任せていくことで自分を納得させているのかなと感じました。
乗り超えようとする姿が伝わるシーン(MVと紐づけて)
藤井風さんのMVから歌詞の意味を考えてみると・・・
”自分で自分を納得させるような”フレーズ”(「満ちてゆく」参照)が流れてくるシーン(MV)では、あるフロアで数人の人たちがディスカッションしてるような映像でした。

もしかしたら、よく海外ドラマで見られるような断酒会のような集まりなのかなって思いました。主人公の老人や周りの人の表情が少し神妙な感じでしたので。
個人的な考察なので、全然違ってるかもしれませんが(汗)
”ディスカッションシーン”を自分なりに想像してみると
自分なりにこの場面を想像してみると、アルコール依存に苦しんできた主人公が、それを乗り越えるために自助グループの人たちと語り合っているようにも感じました。
みんなそれぞれに、つらい過去や失敗を抱えているけれど、そうしたことを少しずつ言葉にして聞いてもらうことで、心が軽くなっていくのかもしれないですね。
そして、その集まりが終わったあとに現れる一人の女性の姿。
あの場面は、まるで今は亡き母がそっと見守ってくれているようで、胸に残りました。
最初は苦しい記憶だったとしても、誰かに受け止めてもらうことで、いつか笑顔を交えて話せる日が来るのかもしれない――そんな希望を感じさせる場面だったと思います。

自然の法則からの考察(原作とフレーズから)
”時間の流れを表すようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、朝陽が昇って、夕方になったら陽が沈むという自然の法則があるように、その流れにあらがうことなく僕たちは乗り越えていくんだよって伝わってきますね。
原作の中では、ハルが世界中の美しい風景の写真を撮りに行った情景が、このフレーズから目に浮かぶようでした。
チェコのプラハからのハルの手紙の中には、
「愛している、そして愛されている。
そのことを確認したいと
切実に願う」
引用元:原作「四月になれば彼女は」(川村元気 著)より
という一文がありました。
深くそう願っていたのに、二人は別れてしまった。
この状況と、”どんなものも少しずつ変わっていくものだよね”という意味を表すようなフレーズがとても、私の中でしっくりきました。
ピアノのシーンでは…
藤井風さんのMVから歌詞の意味を考えてみると?

MVの中で、主人公の男性がピアノを弾いている場面に、同年代くらいの女性がやさしく微笑みながら座っているシーンがありました。
あの女性は、母親のような存在として描かれているのかもしれませんね。
2番の映像を見ていると、その人はもうこの世にはいないけれど、もし生きていたなら、きっとそこに座って主人公のことをあたたかく見守っていてくれたのではないか――そんな主人公の想いが重なっているように感じました。
ほどいていくとどうなるの?
”執着をほどいていくほど、心は軽くなっていくようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、自分が抱いていた淡い感情をほどいていくことによって、自分の気持ちは軽くて楽になるって意味のような気がします。
今まで心の中を埋めていたものがなくなると、そこには穏やかな新たな感情が流れ込んできて、満たされていくってことなのかなと思いました。
すごく奥が深い歌詞ですね。
ぜひ、注目してみてくださいね。

何を考えているの?(弥生とフジの関係)~原作より
さきほどのフレーズからは、原作の次のような状況が思い浮かびました。
獣医師の弥生と出会って付き合い始めた頃は、
とても新鮮で触れ合うことも多かったけれど、
月日が経つにつれて、弥生がしてることや
考えていることに正面から向き合おうとしてない藤代(フジ)。
それは、弥生のフジに対する次の言葉から感じました。
「一緒に見た映画覚えてる?」「今何を考えてる?」「いま楽しい?」(原作「四月になれば彼女は」の弥生のセリフから)
それが、
このセリフを読んだときに、”つかんだそばから消えていくような幸せばかり求めて、愛の本当の意味を無駄にしていた”と受け止めれるようなフレーズ(「満ちてゆく」参照)が思い浮かびましたよ。
真の愛情とは?(MVからの考察)
藤井風さんのMVから紐解く歌詞の意味って?

MVの2番の歌詞の部分では、主人公が青年だった頃、日々仕事が忙しく営業で飛び回っている様子が描かれています。
それはまるで”仕事で成果を上げることに喜びを感じているけど、そんな喜びは目標を達成した途端に意味もなくなくなってしまう”って歌ってるようですね。
”これまで遠ざけていた『愛』という言葉の深さに、今ようやく気づいたようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、歌の主人公は、仕事に生きることが自分の生きがいだと思っていたけれど本当は違ってたと後悔しているように伝わってきました。
だからこそ、今の自分(年月を重ねてきた)だと本当の愛の意味がわかる気がすると主人公が言っているのかもしれません。
心に沁みる表現とは
2番の歌詞からは、認められたいために尽くしていくのは違うんだって感じました。
その対象が好きな人であっても仕事だとしても・・・
その結果、行き詰まって心も体もボロボロになってしまう。それはまるで自己犠牲的な愛ではなくて、真の愛情を求める心情を歌っているようですね。
だから、まるで渇いた心が潤いを求めているような表現が、本当に心に染みました。
藤井風さんは、類稀(たぐいまれ)なる才能の持ち主だって
私は思っているのですが、
この紡ぎ出された言葉の数々や表現力のセンスが
素晴らしくてため息が出ちゃいます(笑)
もちろん、いい意味で
涙が止まらない
2番の歌詞に当たるMVの内容がすごく意味深いのでMVの映像と照らし合わせて、歌詞を考察してみますね。
仕事でうまくいかない主人公は、ストレスを発散させるために深酒をしてしまいます。バーで酔い潰れてトラブル起こした帰りに一人の女性(母親)と目が合います。
でも、見かけただけで幻想だったかもしれませんが。
MVの主人公(風さん)が母を探して回る姿にすごく胸が打たれました。私も、もう母親がいないので夢の中で探したり、ふと目が覚めてもうこの世にいない現実を知ったり。
藤井風さんが演じるこのシーンに自分を重ね合わせて泣きました。
主人公の心の声とは
「自分にはもう何も残っていないけれど」といった表現から次のように思いました。
僕は何をやってもうまくいかないし、何も持ってもいないけれど、僕の全てを渡すよ、あなたに。(「満ちてゆく」参照)
こんな心の声が、主人公から聞こえてくるようなシーンと歌詞がすごくマッチしていました。
自分のしがらみを全て手放すと、心が軽くなって、自分の心は本当の愛で満たされるような気がするという感情が伝わってきました。

光の道しるべ
”光が差し込んで行き先を教えてくれるようなフレーズ”(「満ちてゆく」参照)からは、心を閉ざすのではなく、自分の内側にある想いや力をまっすぐ外へ向けることで、その輝きが迷いや苦しみの中を進むための道しるべになる、そんなメッセージが感じられます。
また、時間が経つにつれて、目に見える存在の枠を超えて、もっと大きなところで何かがつながっていくような感覚も伝わってきます。
ここでいう“つながり”は、終わりと始まり、過去と未来、あるいは別々に見えていたものがひとつに結びついていくことを表しているのかもしれません。
だからこそこの部分からは、人が困難を乗り越えていく力強さだけでなく、誰かとの絆や、大きな世界との結びつきまで感じられて、とても深いメッセージが込められているように思いました。
心に残るシーンとは(MVより)
MVの中で、小さい頃母と一緒に行った楽器店。
主人公は行き詰まってどうしたらいいのか分からなくなって、その思い出の場所にもう一度行ってみます。
母が弾いてくれたピアノを弾くと、優しかった母の温もりを思い出し、自分の心の中で母を感じることで前に進めるようなシーンが描かれていました。
このシーンは、何度観ても胸が締め付けられそうになります。
寂しいくて悲しい気持ちも、母の愛が大きく包んでくれるような映像に感動しました
終わりは始まり
MVのクライマックスでは、
現在と未来が交錯しています。
繰り返しになりますが、
小さい頃母と一緒に行った楽器店。
母の温もりを求めて再び訪れるシーン。
もうどこにも母の姿がないのは
わかっているのに。
歌の主人公が心の中を解き放った後に、
心が軽くなって笑顔で走り去っていくシーン。
何かを書き残しながら、命尽きようとしている老人。
その背中に優しくブランケットをかけてくれる若き日の母。
まるで「お疲れさま」って母親が言ってるようで
感動しました。
このシーンを見ながら、
最後のの歌詞の意味を何度も考えてみました。
はっきり言葉にするのは難しいのですが、
何かを手放すことは、ただ悲しいだけではなく、その先で心が少し軽くなって、やがて静かに満たされていくことなのかもしれません。
終わりは次の生への始まり。
何かを失っても、育んできた愛は必ず心の中にあって、
自分を満たしてくれるんだなって感じました。
まとめ
今回は、藤井風さんの「満ちてゆく」について、映画『四月になれば彼女は』の原作やMVの印象も重ねながら、自分なりに感じたことをまとめてみました。
いかがでしたでしょうか?
とても深いテーマを持った曲だったので、うまく言葉にできているかなと迷いながら書いていたのですが、最後まで向き合ってみて、この曲の持つ世界の広さややさしさをあらためて感じました。
この曲から伝わってきたのは、終わりがあることも人生の一部だということ、そして愛は外に探しに行くものではなく、もともと自分の中にあるものなのかもしれない、ということでした。
愛とは何か、心が満ちていくとはどういうことなのか。
「満ちてゆく」は、そんなことを静かに考えさせてくれる、とても素敵な一曲でした。
ぜひ、またあらためて聴いてみてくださいね。
最後までお読みいただきありがとうございました!