こんにちは。
楽しみにしていたTVアニメ「鬼滅の刃」(柱稽古編)が5月12日(日)(2024年)から始まりましたね。
これは原作の15巻128話「ご教示願う」〜16巻136話「動く」までの内容が、「柱稽古編」に当たります。
比較的短い箇所ですが、重要な訓練と登場人物の成長のストーリとなっていますので、とても期待が高まりますね。
「柱稽古編」の第1話をテレビで見たのですが、とても原作に忠実に映像化されていて「鬼滅の刃」の世界観そのものを感じることができました。
さらに「柱稽古編」の主題歌は、MY FIRST STORY×HYDEが歌う「夢幻」ですが、とてもドラマティックで緊張感のある曲調が特徴的です。
今回は、TVアニメ「鬼滅の刃」(柱稽古編)を盛り上げてくれる素敵な主題歌「夢幻」の歌詞の意味についてみていきますね。
「鬼滅の刃」(柱稽古編)のあらすじって?
炭治郎たちは、刀鍛冶の里での戦いを経て、上弦の鬼との激闘を乗り越えました。その後、炭治郎は蝶屋敷で傷を癒していましたが、鬼舞辻無惨を倒すため、柱たちが集まり柱合会議が開かれます。会議では、柱たちがより強くなるために痣の発現が急務とされ、炭治郎たちは各柱の直接指導で己を極限まで鍛え上げることになります。
柱稽古編では、炭治郎を含む鬼殺隊の隊士たちが、柱たちからそれぞれの得意分野に基づいた厳しい訓練を受けます。この訓練を通じて、炭治郎たちは新たな力を手に入れ、成長していきます。特に、炭治郎は家族や煉獄のことを思い出しながら、痣を発現させ、それを維持できるようになります。これは彼の成長と精神力の向上を象徴しています。
MY FIRST STORYはどんなグループなの?
MY FIRST STORY(マイ・ファースト・ストーリー、略称:MFS)は、日本のロックバンドで、2011年夏に東京都渋谷で結成されました。
バンドは、ボーカルのHiro、ギターのTeru、ベースのNob、ドラムのKid’z、そしてギターのShoで構成されています。彼らは、2012年にデビューアルバム「MY FIRST STORY」をリリースし、以降、全国の大型フェス出演や海外アーティストとの共演も行っています。
彼らの音楽は、ロックやラウドロックといったジャンルに分類され、特に若者の間で人気があります。また、バンドはインディーズながら、全ての曲にタイアップが付いていることでも知られています。2024年には、テレビアニメ「鬼滅の刃」柱稽古編の主題歌を担当するなど、その活動は多岐にわたります。
MY FIRST STORY×HYDEが歌う「夢幻」歌詞から思うこと
※少しネタバレも含みます。

TVアニメ「鬼滅の刃」(柱稽古編)の第1話では
病床に伏せているお館様(産屋敷輝哉)(うぶやしきかがや)の代わりに
妻のあまね様が柱合会議のMCを務めていました。
(とっても清楚で気品があって素敵です)
歌いだしの意味は?
冒頭のフレーズですが、
不老不死のことではなくて、
信念や親から子へ継承したい心根のことかなと思いました。
お館様は人間なので私たちと同じように
いつか寿命が尽きる時がきます。
でも、お館様の成し遂げたい理想の世界の建設は
きっと子どものような弟子たちが
叶えてくれるという思いが、このフレーズに
こもっていると感じました。
そしてお館様が
”さあ、これから私の代わりに戦って欲しい”
と言ってるのかもしれません。
無残の弱さとは…
この曲の中に出てくる“弱さ”という言葉から、私は鬼舞辻無惨のことを思い浮かべました。
そう感じたのは、産屋敷あまね様が作中で、日の光を克服した鬼の存在によって無惨が大きく動くはずだと示していたからです。
無惨は、太陽の光のもとでは生きられないという決定的な弱点を抱えています。だからこそ、その弱点を乗り越えた禰豆子を取り込めば、自分は完全な存在になれると考えたのかもしれません。
一見すると無惨は絶対的な強さを持っているように見えますが、その行動の根底には、自分ではどうしても越えられない弱さがあるようにも感じます。歌詞の中で表現されている“弱さ”も、そんな無惨の姿と重なるのではないでしょうか。
感動のシーン(刀鍛冶の編のラスト)
禰豆子が太陽の光を克服したシーン(刀鍛冶の編のラスト)では・・・
自分の体が焼けただれてボロボロになりながらも、
炭治郎を蹴り飛ばして仲間の救出に向かわせた禰豆子の姿。
この禰豆子の尊くて強い心があったからこそ
太陽の光を克服できたんじゃないかな。
自分の幸せよりも、人の幸せのために行動を起こした炭治郎と禰豆子。
この2人のような尊い心を持つ人が
本当に強い人なんだって感じました。
そんな2人と比べて無惨は、人を切ったり奪ったりすることで
力を得ようとしているので、
次の歌詞が刺さります。
だから、もしかしたら無惨は
心の強さでは炭治郎と禰豆子に負けるのかもしれないですね。
※個人的な考察なので、「ちょっとその意味違うかも」と思われるかもしれないですが、「そんな考えもあるのかな」と思っていただけると嬉しいです

暗さを強調するようなフレーズがあるのですが、
そこから連想されるイメージは、
鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)
のような気がしました。
鬼舞辻無惨とはどういう人物なの?
鬼舞辻無惨は、『鬼滅の刃』の物語の中で大きな存在感を放つ、鬼の始祖ともいえる人物です。禰豆子を鬼に変えた存在であり、炭治郎たちにとっては乗り越えるべき最大の敵として描かれています。普段は人間社会に紛れて生きているところも印象的で、その不気味さが無惨という人物の怖さをより強く感じさせます(公式サイト参照)
青い彼岸花の意味は?
青い彼岸花は、無惨が人間だった頃に受けていた治療とも関わりがあるとされていて、作品の核心に触れる重要な設定のひとつです。さらに、公式ファンブック由来の情報として、非常に珍しく、限られた時期の昼間にだけ短時間咲く花として知られています。そうした見つけにくさもあって、無惨が長い年月をかけても簡単にはたどり着けなかったことに、物語としての重みが生まれているように感じます。(ピクシブ百科事典参照)
歌詞の中にある”誰”はどの人を指すのだろう?
夢や幻のように続いていく命の継承を行うのは
いったい誰なのでしょう・・・
お館様(産屋敷輝哉)の意思を繋いでいく者たち
それは、鬼殺隊の柱たちや炭治郎や子どもたちのことです。
「夢幻」を聴いていると、自分の後を継いでいってほしいとの希望が込められてるように感じました。

楽曲の後半から感じたこと
曲の後半を聴いていると、鬼殺隊の一人ひとりが、自分に与えられた運命を受け止めながら戦っている姿が浮かんできます。
彼らはただ自分のためだけに剣を振るっているのではなく、これまで出会ってきた人たちの想いや、託されてきた願いを背負って前へ進んでいるのだと思います。
炭治郎たちが大切な仲間の死を無駄にせず、その想いを次へつなごうとしているところも、この曲の世界観と重なるように感じました。
ここで使われている言葉の意味を見てみると、まず「鬼哭(きこく)」には、鬼が泣くほどの悲痛な叫びや、亡霊が泣くような痛ましい声、という意味があります。とても重く、強い苦しみを感じさせる言葉ですね。
また、「仕舞(しまい)」には、舞いや演技を指す意味のほかに、物事の終わりや、決着をつけることを表す意味もあります。
さらに「斜陽(しゃよう)」には、夕日のように西へ傾く太陽という意味と、勢いや栄えが次第に衰えていく様子を表す意味があります。
こうした言葉の意味を踏まえると、このあたりの歌詞では、鬼が抱える終わりの見えない苦しみや、そこに決着をつけなければならないという強い意志が描かれているように思えます。
鬼は日の光の下では生きられず、無惨もまた不死に近い存在として描かれています。だからこそ、その長く続く苦しみに終止符を打つ者が必要だ、という切実な想いが、この部分には込められているのかもしれません。

無惨の執着と「弱さ」が表れているように感じる部分
このあたりを聴いていると、鬼舞辻無惨が鬼を増やし、あらゆる手を使ってでも不死を手に入れようとしている姿が思い浮かびます。
無惨は圧倒的な存在として描かれていますが、その行動をたどっていくと、根底にはどうしても克服できない弱点への執着があるようにも見えます。
だからこそ、自分に足りないものを他者に求め、利用し、取り込もうとしているのかもしれません。
ここで描かれている世界は、現実と非現実のあわいを揺れ動くような、不安定でつかみどころのないものにも感じられます。
その不確かな世界の中で、自分の弱さを自分で乗り越えるのではなく、誰かの力に託すことで補おうとしている。そんな無惨の姿が重なって見えました。
お館様にも重なる「想いを託す」という行為
一方で、この“誰かに託す”という構図は、無惨だけに当てはまるものではないのかもしれません。
産屋敷輝哉もまた、自分ひとりの力でできることには限りがあると理解したうえで、その先にある願いを鬼殺隊の仲間たちへ託してきた人物ですよね。
そう考えると、同じ「託す」という行為でも、そこにある意味は大きく違って見えてきます。
無惨は自分の欠けたものを埋めるために他者を利用しようとしているのに対し、お館様は未来への希望を信じて、自分の願いを次の世代へ手渡そうとしている。
この対比を思うと、とても興味深いです。
同じように誰かへ想いを託しているように見えても、その根底にあるものが“執着”なのか“祈り”なのかで、受ける印象はまったく変わってきますね。
長い時間の中で受け継がれていく命と祈り
この部分はとても言葉が深くて、私自身も何度も考えさせられました。
ここでは、ひとつひとつの命の輝きが長い時間を越えて受け継がれ、その積み重ねの中で祈りや願いが次の時代を照らしているように感じました。
鬼殺隊の戦いは、その場限りのものではなく、長い年月の中で連なってきた想いの先にあります。
誰かの命が尽きても、その人が残した願いや覚悟は消えずに、次の誰かの中で生き続けていく。そんな流れが、このあたりには込められているように思います。
また、答えというものは最初からはっきり見えるわけではなく、長い時間の中で迷いながら探し続けるものなのかもしれません。
すぐに結論を出せなくても、心の中に祈りや意志を宿しながら進むことが、未来につながっていく。そんなことを教えられているような気がしました。
壊れていくものと、終わりの気配
終盤に近づくにつれて、この曲からは何かが崩れていくような緊張感も伝わってきます。
美しさや生命の象徴のようなものが、幻想的で不安定な夜の中で少しずつ失われていく。そんなイメージが浮かびました。
それは単なる破壊ではなく、ひとつの時代や関係性が終わりへ向かっていく気配のようにも感じられます。
美しいものが壊されるときって、ただ悲しいだけではなく、どこか強い衝撃がありますよね。
この部分にも、そうした残酷さと切なさが重なっているように思いました。
何かが終わるときには痛みが伴う。
でも、その終わりは次の変化へ向かうための通過点でもあるのかもしれません。
それでも未来へつないでいこうとする意志
ただ、この曲が印象的なのは、壊れていくものだけを描いているわけではないところです。
どれほど厳しい状況の中にあっても、その先へ何かをつないでいこうとする意志が、しっかりと感じられます。
嵐のような困難の中でも、未来のために種をまくような姿勢です。
普通に考えれば、荒れた場所に種をまくのはとても心細いことですよね。
ちゃんと育つかもわからないし、報われる保証もない。
それでも希望を捨てずに種を残そうとするのは、その先にきっと新しい命や未来が待っていると信じているからなのだと思います。
鬼滅の刃の物語そのものも、まさにそういう“受け継いでいく力”でできているように感じます。
誰かの想いが途切れずに続いていくからこそ、絶望の中にも希望が生まれる。
この部分からは、そんな強さが伝わってきました。
まとめ
今回は、TVアニメ「鬼滅の刃」(柱稽古編)を盛り上げてくれる素敵な主題歌「夢幻」の歌詞についてみてきましたが、いかがでしたでしょうか?
とても深い意味が込められた歌詞でしたので、的外れな考察になってなければいいのですが
原作「鬼滅の刃」とその主題歌「夢幻」は、作成者の熱い思いが込められた素晴らしい作品だって改めて感じました。
ぜひ一度聴いてみてくださいね。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!