2026年2月18日にりりースされた「ビバリウム」。この楽曲は、Adoの半生をつづったノンフィクション小説『ビバリウムAdoと私』を元にしてつくられました。
Adoの後ろ姿が印象的な実写ジャケット写真も公開されたり、MVにも本人が初出演されたりと、この「ビバリウム」に対する想いが伝わってきて心の奥が熱くなります。
「素敵な歌をありがとう」「鳥肌が立った」「同じ時代を生きれて嬉しい」とYouTubeチャンネルでは愛あるコメントで溢れていました。
YouTube登録者数が903万人(2026年3月6日現在)を突破し(おめでとうございます!)、視聴回数も日々更新し続けています。
今回は、「ビバリウム」が生まれるまでのエピソードや歌詞の意味についてみていきますね。
「ビバリウム」の意味は?

「ビバリウム」ってどいう意味なんだろう?
★ビバリウム(vivarium)は本来、生き物(主に爬虫類・両生類・昆虫など)を飼育・展示するための設備/容器(ケージ)の総称です。
例えば・・・
ガラスなどの透明な容器の中に“生き物が暮らせる環境”を作り、小さな世界を再現する箱庭のこと。

Adoさんにとっての”ビバリウム”ってどこだろう?
それは、クローゼット。
Adoさん自身が、自分を肯定できなかったり、社会に飲み込まれるのが怖いという気持ちをかかえていた・・・でも、歌うことだけは諦めなかった。
クローゼットという場所は、Adoさんが少女時代に彼女の唯一無二の声を育ててきた場所です。
Adoのエピソード「ビバリウム」が生まれるまで
①クローゼットという名の”安心できる居場所”
外の世界から距離を置いた狭い箱(クローゼット)で、Adoさんは録音をし続けていました。この場所は、誰も入ってこない自分だけの世界。衣服に囲まれた薄暗い環境だったけれど、きっと彼女にとっては最高の居場所だったのかもしれないです。
「自分の殻に閉じこもりたいけど、本当はどこかで誰かと繋がりたい」そんなボーカロイドやネット文化に対する憧れと葛藤。私たちもどこか身に覚えがあるような感情ですね。
②「学校に行けない」「自分が嫌い」・・だった頃
学生時代の不登校や自己否定、そして社会に対する恐怖心のようなもの。『ビバリウムAdoと私』は、そんな「言葉にするのが難しかった時期」を含めて、彼女の半生をありのままに描いた作品だといわれています。
Adoさんの心の中で、実際に感じていた嘘偽りのない記憶だからこそ、「ビバリウム」を聴いていると深く優しく刺さってきます。
③大ブレイクの裏側で。それでも消えない心のモヤモヤ
「うっせぇわ」で社会現象を巻き起こし、誰もが知る存在となったAdoさん。でも、大成功を手にしたからといって、心の中の揺らぎや痛みが魔法のように消えるわけでもなく・・・。むしろ、たくさんの光を浴びるほど、影の部分(自己否定)が色濃くなってしまうこともあるかもしれません。
Adoさんはこれまで、ライブでも顔を見せず「声」や「シルエット」で活動し続けてきました。ステージに立つ”Ado”と、その裏にいる”素の私”ーーきっとどちらも本当のAdoさんなんでしょうけど、そのギャップに葛藤されていたのかも(想像ですが・・・)。
「外の広くて自由な世界へ出たはずなのに、心の中にはまだあの小さな”箱”が残っている」
このリアルな感覚こそが、「ビバリウム」の本当の意味へと連れて行ってくれる気がします。
④23歳のAdoさんが、今、自分の言葉で伝える意味
ところで「ビバリウム」とは、生き物が住む自然環境を再現した小さな箱庭のこと。デビュー前、Adoさんは自宅のクローゼットの中で録音をしていたことで知られています。
Adoさんの原点ともいえる場所、「クローゼット」。ここから始まったんですね!だからこそ、この「ビバリウム」が彼女自身の作詞・作曲ということに、すごく大きな意味があるんじゃなかなと思います。
そして、今回初の実写MVにも挑戦されて、「本当に本当に大切な作品になった」とコメントしています。Adoさんがここまでもがきながらも前に進んでいるんだと知って、とても勇気づけられました。
Ado「ビバリウム」気になる歌詞の意味を詳しく!(前半)
ここから「ビバリウム」の歌詞の意味を見ていきますね。
※個人的な感想を元に歌詞の意味をまとめています。「そこはちょっと違う」と思われるかもしれませんが、「そんな考えもあるのかな」と思っていただけると嬉しいです。
あれからどれくらい経ったことだろう
引用元:apple music「ビバリウム」
くぐもった物言いは相も変わらずで
鏡が写すは隔たる理想像
不器用な指先に今日も手をかけた

”本当の私”と”理想の私”のコントラスト
Adoさんの横顔から始まり視線を移していくと、そこには整然と並べられた衣服がかけられている。クローゼットの片隅に画面と向き合う後ろ姿が浮かび上がってくる・・・MV冒頭のワンシーン。
「あれからどれくらい経ったことだろう」
過ぎ去った日々を懐かしんでいるような感じでもあり、ふと立ち止まって自分のオフロードを振り返っている感じもします。
思い浮かべた過去の記憶からは、きっと長い時間がたっているんでしょうけど、「くぐもった物言いは相も変わらずで」というフレーズからは、”まだ変われてないところがあるんだよなあ”とため息まじりの感情が伝わってきます。
”いまだに思ったことをストレートに外に出せない不器用な自分がいる”って、そんなふうにも受け止めれます。
次のフレーズを聴いたときに、ちょっと胸が苦しくなりました。
「鏡が写すは隔たる理想像」
今までAdoさんの光り輝く部分しか見ていなかったので、彼女が思い描く理想像と本当の自分とはかけ離れているとは思ってもみませんでした。
世界中にAdoさんを応援しているたくさんのファンの方々がいて、ほんの一握りのアーティストしか経験できないような日々を送られている。だけど鏡に写る本当の私は、まだそこには追いついていないんだよという意味かもしれないですね。
健気さが伝わるフレーズとは?
そして、次のフレーズはどういう意味なのだろうと考えてみました。
「不器用な指先に今日も手をかけた」
うーん、思いっきり想像でしかないのですが、例えば身近なことで言えば、メイクやヘアセット、身だしなみを整えることなのかな。
決してうまくはいかないけれど、それでも今日も少しでも自分を整えようとしている様子が伝わってくる感じがします。
あと大きな意味で考えてみると、うまくいかない自分に手を添えながら修復してケアしてあげているイメージかもしれません。
どう思われますか?
不器用だからこそ人知れず心の中で痛みを感じてしまう・・・それでも健気に生きている。ほんとすごいなあ
「欠陥は特別?」
引用元:apple music「ビバリウム」
なら、初めから紛いもの
かなえたいものとは引き換えに
大切なものを壊してきて
後悔ばかりで息ができないから
感情を捨てて楽になって

褒められているの?それとも逆の意味なの?と感じてしまうフレーズとは?
◆「欠陥は特別?」
このフレーズなのですが、一見すると誉め言葉なのかなと思ってしまいます。現代では「個性を大切にする風潮」や「マイナスをプラスに変換していくような優しさ」と同じような意味にとらえられそうですよね。
Adoさんが疑問を投げかけられているようなフレーズです。”本当はどっちの意味で、あなたは言ってるの?”って。
どちらの意味にもとれるので、まずは”褒められているの?”と思える理由を書きますね。
”褒められている”と感じた2つの理由
①「コンプレックスは個性なんだよ」と言われてる感じがするから
「完璧じゃないところが魅力的」「あなたの欠点こそが、ほかの人にはない特別な個性だから」と逆転の発想をする場合があります。
「欠陥」というネガティブなものを、「特別」(オンリーワンの価値がある)というポジティブな言葉で包んでいるので、聞こえようによっては「自分のダメなところを認めてくれた」という誉め言葉のように響いてきます。
②自分の「ありのままを愛してくれた」と感じるから
この理由は、自分が一番隠したいと思っている「欠陥」を見つけ出して、ある人が「それって特別だよね。だから大事にしてね」と言ってきたとします。
こんなふうに言われると、「ああ、この人は私の深いとこまで理解してくれて、私を認めてくれてるんだあ」と感じてしまう。
「欠陥が特別」と言ってる人は、もしかしたら褒めてるんじゃなくて、内心では「この人って変わってる」「ちょっと普通の人とは違うよね」と好奇心から自分に対して言ってるのだろうかと思ってしまう。
なんだか疑心暗鬼になってしまって、本当はどっちの意味で言ってるのだろうと不安になってしまいますよね。
言葉とはもろ刃の剣で、肯定してくれてるのか批判されてるのかわからないときがあります。
「特別だね」という言葉が、本当に心から尊敬の気持ちで言ってるのか、実は心の中では軽蔑してるのか・・・どちらの意味にも受け止められます。
”褒められてない”と思える理由
①「特別」といってるけど、本当は「変わっているから、ショーとしては価値があるね」と思われてるだけで、その人から無責任さを感じるから。
②自分のことを認めているようなふりをして近づいてくるけど、本当はビジネスになるからであって、人として大切に見てくれていないんじゃないかと思えるから。
もしこのような考えの人が周りにいたとしたら、悲しくなりますよね。自分の受け止め次第だよと言われてしまえば、それまでですが・・・。
「楽になれる生き方とは?」この答になるフレーズです
◆「なら、初めから紛いもの」
さきほど、「褒められてるのかな?それとも批判されてるのかな?」のどっちなのと考えてみましたが、いろいろと深掘りすると疲れるかもしれません。
それだったらいっそのことAdoさんが書かれた「ビバリウム」の歌詞にある通り、
「それなら、初めから紛い物(偽物・不良品)だと思っていた方が楽に生きられる」
こう考えたほうがすごくしっくりきたし、人の意見や目を気にせず楽なんだろうなあって。このパートのフレーズを聴いて、本当にそうだなあと感じました。
悲しいけれど、とてもリアルなフレーズ

「かなえたいものとは引き換えに
大切なものを壊してきて
後悔ばかりで息ができないから
感情を捨てて楽になって」
なんて悲しいフレーズなんでしょうと思ってしまいます。
自分のことを「紛(まが)い物」だと思って生きてきたリアルさが伝わってくるようなフレーズですね。
なぜそうなのか、その理由をいくつかまとめてみます。
①「期待されること」から逃げたい
「あなたは特別なんだから」という人の意見を信じてしまって、もし裏切られてしまうと深く傷つきます。
だから、最初から「私は紛い物(ニセモノ)だから」と自分を低くしておけば、もうこれ以上傷つくとはないので「傷つかないための予防線」かもしれません。
②プレッシャー社会へのささやかな反抗
今は「自分らしく生きる」ということが大切にされる時代です。でも逆に、自分に人と違った”特別な個性”がないとしたら、社会でどうやって戦っていったらいいの?とプレッシャーに感じます。
なので、「本物・特別探しゲーム」の世界に参加するのをやめて、「いえいえ、私ってもともと紛い物なんで」と降りちゃえば、すごく気が楽になります。
こうすることで、社会に対してささやかな反抗になるかもしれないですね。
だけど、「大切なものを壊してきて」というフレーズを聴いていると、楽な生き方には悲しい代償があるのではと思いました。
それは・・・
「自分は紛(まが)い物」だと思い込むのは、痛みを感じない代わりに、自分の本当の価値や可能性(本物になること)をやめてしまうことにつながるから。
ここでは、「傷つきながらもどうにか自分を守っていこう」とするひたむきな感情が伝わってくるようで、深く心に刺さりました。
Ado「ビバリウム」気になる歌詞の意味を詳しく!(後半)
曲の中盤から突然、「私」と「私でない声」との対話が始まります。
もしかすると、”過去の自分(箱庭(クローゼット)の中の自分)”と”今の自分(外へ出た自分)の対話のように感じます。
そこでは、”「大丈夫」という一言”が当時は唯一の救いだったことや、「居場所をなくしちゃってごめんね」と、過去の自分への謝罪のようにも聴き取れます。まだ、箱から出れてないもう一人の自分に語っているのかもしれないですね。
MVでは大スターになった”Ado”が楽しそうに先を走っていて、まだ箱にはの中に残っているかもしれない”素の私”が必死に追いかけていく様子が描かれていました。というか、個人的にはそう感じました。
そして、最後のサビの部分。
この箱庭で
引用元:apple music「ビバリウム」
どれだけ迷って、縋って、
見えなくなっても
この目で揺れた光は
あの日描く未来だ
さよならまだ 私はうたわなくちゃ
夜が明けるまで一人じゃないから
クローゼットの君はまだ
泣いている

”本当の自分”と”ステージに立つ自分” 切ないコントラスト
最後のフレーズを聴いて、心がぎゅーと締め付けられたのは私だけじゃないかもしれないです。Adoさんの気持ちに初めて触れたようで、知らないうちに涙があふれていました。
箱庭(=クローゼット)は、彼女にとって「誰の目も気にせず、安心して自分を表現できた原点の場所」だった。この安全な場所で、自分のなりたい姿を思い描いたり、輝く未来を想像していたのかもしれないですね。
「さよならまだ 私はうたわなくちゃ」
「この居心地がよかった場所にさよならして、うたわなくちゃいけないんだ」って・・・。
それは過去を全部すててしまうのではないと思います。今はあのころ自分が描いていた未来(夢)を叶えるため、そして「一人じゃないから」というフレーズから伝わるように、ファンのために歌っていくんだよと言われてる気がします。
だから、あえて傷つくことが多い外の世界へ踏み出していくというAdoさんの強い覚悟が伝わってきますね。
だけど、
◆「クローゼットの君はまだ 泣いている」
そうなんですね、ほんと切なすぎます。
外の世界の冷たさや、「紛い物」と呼ばれる恐怖におびえたまま。本当の自分は泣き続けているって。
「大丈夫だよ。応援しているから」と言ってあげたくなるフレーズです。今まで素晴らしい歌唱力を持っているパワフルなAdoさんのレイヤーしか見ていませんでした。
「外の世界で戦っている強い私」と「箱庭に取り残された弱い本当の私」。どちらも本当のAdoさん自身であって、”強い私”がいるから夢をかなえられるけれど、”弱い私”がいるからこそ、人の心を打つような繊細で痛切な感情を歌の中で表現してくれるんだなあと思います。

まとめ
Adoさんの「ビバリウム」は、単なる社会への反抗ではなく、他者の評価に傷つきながらも自分を守ろうとする「人間の弱さ」と、それでも前を向く「決意」を描いた非常に深い楽曲でした。
今回の考察を振り返ってみますね。
- 「欠陥は特別?」に隠された残酷さ:誉め言葉に見せかけた、無責任な消費への恐怖。
- 「紛い物」という防衛本能:これ以上傷つかないために、自らニセモノのレッテルを貼る切実な生存戦略。
- クローゼットの君と私:安全な箱庭で泣き続ける「本当の自分」を残したまま、傷つく外の世界へ飛び出し歌い続ける悲壮な決意。
SNSなどで他人の視線にさらされ、評価されてしまう現代。誰しもが心の中に、外の世界に出られず泣いている「クローゼットの君」を抱えているのではないでしょうか。
Adoさんがうたう「ビバリウム」は、そんな不安な心を表しながらも、「夜が明けるまで一人じゃないから」というフレーズのように、痛みを分かち合ってくれる人たちもいるんだよという希望も感じます。
ぜひ「ビバリウム」をフルサイズで聴いてみてくださいね。
今回の考察から、もっとAdoさんの楽曲の素晴らしさを知るきっかけになると嬉しいです。
ありがとうございました!
